わが国の慢性透析療法の現況 – 医療従事者向け解説レポート
2024年 わが国の慢性透析療法の現況

医療従事者向け解説レポート
1. サマリー
日本透析医学会(JSDT)が実施した2024年末時点の統計調査(JRDR)によると、わが国の慢性透析患者数は減少傾向が継続しており、2024年末時点で337,414人となりました。これは前年比で6,094人の減少であり、近年の患者数増加速度の低下から明確な減少フェーズへの移行を示唆しています。
- 透析患者総数: 337,414人 (前年比 6,094人減)
- 人口百万人あたりの患者数: 2,725.4人
- 平均年齢: 70.27歳
- 新規透析導入患者数: 36,404人 (前年比 2,360人減)
- 年間死亡患者数: 38,348人 (前年比 275人増)
- 主要原疾患(全体): 糖尿病性腎症 (39.2%)、慢性糸球体腎炎 (23.0%)
- 主要死因: 感染症 (24.2%)、心不全 (19.0%)
2. 調査結果の詳細
全体的な患者動態
2024年末の施設調査結果による透析患者数は337,414人であり、前年に引き続き減少しました。人口百万人あたりの患者数も2,725.4人となり、有病率の頭打ち傾向が見られます。患者調査結果による平均年齢は70.27歳に達しており、透析患者の高齢化がさらに進行しています。
新規透析導入患者の動向
2024年の年間透析導入患者数は36,404人で、2023年から2,360人の大幅な減少となりました。導入患者の平均年齢は71.69歳と高く、高齢での導入が一般的となっています。
導入患者における原疾患の内訳は以下の通りです。
| 原疾患 | 構成比 | 傾向 |
|---|---|---|
| 糖尿病性腎症 | 37.6% | 最多 |
| 腎硬化症 | 19.1% | 第2位 |
| 慢性糸球体腎炎 | 13.5% | 減少傾向 |
死亡統計と死因
2024年の年間死亡患者数は38,348人で、前年に比較して275人増加しました。年齢調整を行わない粗死亡率は11.3%であり、前年よりも上昇しています。
死因別では、2024年も感染症が最も多く、次いで心不全となっています。かつて主要な死因であった心不全を感染症が上回る傾向が定着しつつあります。
| 順位 | 死因 | 構成比 |
|---|---|---|
| 1位 | 感染症 | 24.2% |
| 2位 | 心不全 | 19.0% |
| 3位 | 悪性腫瘍 | 7.4% |
治療形態の推移
治療モダリティにおいては、血液透析濾過(HDF)の普及が顕著です。2012年以降、HDF患者数は急増しており、2024年末時点では213,721人と、維持透析患者全体の63.3%を占めるに至っています。
腹膜透析(PD)患者数は10,774人で、2017年から微増傾向にあります。PD患者のうち21.1%は血液透析(HD)やHDFとの併用療法(ハイブリッド療法)を行っています。在宅血液透析(HHD)患者数は767人と、前年末から32人減少しました。
| 治療法 | 患者数(人) | 構成比 |
|---|---|---|
| 血液透析濾過 (HDF) | 213,721 | 63.3% |
| 血液透析 (HD) | 111,918 | 33.2% |
| 腹膜透析 (PD) | 10,774 | 3.2% |
原疾患の構成(全体)
透析患者全体(有病者)における原疾患の構成は以下の通りです。糖尿病性腎症が約4割を占め、依然として最大の原疾患となっています。
- 糖尿病性腎症: 39.2%
- 慢性糸球体腎炎: 23.0%
- 腎硬化症: 14.5%
3. 臨床的示唆
本調査結果から、以下の臨床的重要事項が示唆されます。
- 感染症対策の重要性:
死因の第1位が感染症(24.2%)であり、その割合は心不全を上回っています。高齢化する透析患者において、日々の感染予防策、早期発見・早期治療、ワクチン接種の推奨など、感染症管理が生命予後改善の鍵となります。 - HDFの標準化:
HDFが全体の6割を超え、標準的な治療法としての地位を確立しています。臨床現場においては、HDFの特性(小分子から中分子量物質の除去効率向上や循環動態の安定化など)を考慮した処方設定が求められます。 - 患者の高齢化への対応:
平均年齢が70歳を超え、導入患者の平均年齢も71歳後半に達しています。腎硬化症の増加も高齢化を反映しています。フレイル対策、認知機能への配慮、バスキュラーアクセス管理の困難さへの対応など、高齢者に特化した全人的なケアが必要です。 - 新規調査項目の活用:
2024年より、降圧薬の種類、利尿薬使用、家庭血圧、脂質、肝炎ウイルスに関する調査が新たに追加されました。これらのデータ蓄積により、よりエビデンスに基づいた透析患者の薬物療法やリスク管理が可能になると期待されます。
4. 2024年新規調査項目の詳細
2024年調査では、透析患者の包括的な管理を目的として、以下の新規項目が追加されました。これらは透析患者における心血管系リスク管理、感染症対策、薬剤適正使用の観点から重要なデータとなります。
4-1. 降圧薬関連調査項目
透析患者における血圧管理は生命予後と密接に関連しています。2024年調査では、降圧薬の使用状況について詳細な調査が行われ、207,584人(75.6%)が降圧薬を使用していることが明らかになりました。
| 降圧薬の種類 | 使用率 |
|---|---|
| カルシウム拮抗薬 | 52.3% |
| β遮断薬 | 28.8% |
| レニン・アンジオテンシン系(RAS)阻害薬 | 28.3% |
| その他の降圧薬 | 14.2% |
| アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI) | 12.6% |
| ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA) | 1.4% |
カルシウム拮抗薬が最も多く使用されており(52.3%)、透析患者の血圧管理における標準的な選択肢となっています。β遮断薬とRAS阻害薬がそれぞれ約3割の患者に使用されており、心保護作用を期待した処方が行われています。
注目すべきは、心不全治療薬として期待されているARNIが既に12.6%の患者に使用されている点です。一方、MRAの使用率は1.4%と低く、高カリウム血症のリスクから慎重な使用が行われていることが伺えます。
4-2. 利尿薬使用に関する調査
透析患者においても残腎機能の保持や体液管理の観点から利尿薬が使用されることがあります。2024年調査では、260,688人から回答があり、19.5%(50,894人)が利尿薬を使用していることが判明しました。
| 利尿薬の種類 | 使用率 |
|---|---|
| ループ利尿薬(単独) | 18.0% |
| ループ利尿薬 + サイアザイド系利尿薬併用 | 0.5% |
| ループ利尿薬 + バソプレシンV2受容体拮抗薬併用 | 0.4% |
| その他(左記以外) | 0.3% |
| サイアザイド系利尿薬(単独) | 0.2% |
| バソプレシンV2受容体拮抗薬(単独) | 0.1% |
利尿薬使用者のほとんど(全体の18.0%)がループ利尿薬を使用しており、これは残腎機能を有する透析患者において尿量確保と体液管理に有用であることを示しています。
治療法別では顕著な差があり、腹膜透析患者では約65%と高率に利尿薬が使用されている一方、施設血液透析・血液透析濾過では約20%の使用にとどまっています。腹膜透析では残腎機能の保持がより重要視されることを反映していると考えられます。
4-3. 家庭血圧測定の実施状況
透析施設での血圧測定に加え、家庭での血圧測定の有無が調査されました。243,896人から回答があり、74.1%(180,800人)が家庭血圧測定を実施していることが明らかになりました。
| 治療法 | 実施率 |
|---|---|
| 腹膜透析(単独) | 90.5% |
| 在宅血液透析 | 86.9% |
| 腹膜透析と血液透析の併用 | 84.4% |
| 血液透析濾過(HDF) | 74.8% |
| 施設血液透析 | 71.6% |
家庭での治療が主体となる腹膜透析や在宅血液透析では、実施率が約90%と非常に高く、自己管理の一環として家庭血圧測定が浸透していることがわかります。一方、施設血液透析でも71.6%と比較的高い実施率を示しており、透析患者全体において血圧自己管理の重要性が認識されつつあることを示唆しています。
透析患者における血圧変動は複雑であり、施設での測定のみでは把握が困難です。家庭血圧測定は以下の利点があります:
- 白衣高血圧・仮面高血圧の検出 – 施設血圧との乖離を把握
- 透析間期の血圧変動の把握 – 特に中2日空きの期間の血圧管理
- 降圧薬調整の指標 – 実生活における血圧コントロールの評価
- 患者の自己管理意識の向上 – アドヒアランスの改善
4-4. 脂質関連項目
透析患者における脂質異常症は心血管疾患のリスク因子です。2024年調査では脂質管理薬の使用状況が詳細に調査され、以下の結果が得られました。
| 脂質管理薬 | 使用率 | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| スタチン | 34.0% | LDL-C低下による心血管イベント予防 |
| エゼチミブ | 5.4% | 小腸でのコレステロール吸収阻害 |
| ペマフィブラート | 1.0% | 選択的PPARαモジュレーター |
スタチンが34.0%の患者に使用されており、透析患者における脂質管理の標準的な治療薬として定着しています。性別では女性36.0%、男性33.1%とやや女性で高い使用率を示しています。
エゼチミブは5.4%と比較的低い使用率ですが、スタチン不耐例や併用療法として一定の役割を果たしています。ペマフィブラートは1.0%と低率であり、高トリグリセライド血症の特定患者に限定的に使用されている状況が伺えます。
これらのデータは、透析患者における脂質管理の実態把握と、至適治療戦略の確立に貢献します。今後、脂質管理薬の使用と心血管イベント発生率の関連を解析することで、エビデンスに基づく治療指針の策定が期待されます。
4-5. 肝炎ウイルス関連項目
透析患者は肝炎ウイルス感染のハイリスク群です。感染症管理の観点から、B型肝炎およびC型肝炎の各種マーカーについて詳細な調査が行われました。
| 検査項目 | 陽性率 | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| HBs抗原 | 1.2% | 現在の感染 |
| HBs抗体 | 14.9% | 免疫獲得 |
| HBc抗体 | 15.1% | 過去の感染歴 |
HBs抗原陽性率は1.2%と、一般人口(約0.5-1%)と比較してやや高い傾向にあります。HBs抗体陽性率14.9%は、過去の感染やワクチン接種による免疫獲得を示しており、透析施設における感染対策とワクチン接種の重要性を示唆しています。
| 検査項目 | 陽性率 | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| HCV抗体 | 3.3% | 感染の有無 |
| HCV RNA (HCV抗体陽性者中) | 20.8% | 現在のウイルス血症 |
HCV抗体陽性率は3.3%で、一般人口(約0.5-1%)と比較して高い値を示しています。これは透析患者が長期にわたり医療行為を受けることによる感染リスクを反映していると考えられます。
注目すべきは、HCV抗体陽性者のうち20.8%がHCV RNA陽性であり、現在進行形のウイルス血症を有していることです。これらの患者は直接作用型抗ウイルス薬(DAA)による治療の適応となります。C型肝炎はDAA治療により根治可能であり、積極的なスクリーニングと治療介入が求められます。
肝炎ウイルスの実態把握により、以下の対策が可能となります:
- 院内感染対策の徹底 – 陽性患者の隔離透析やゾーニング
- 適切な治療介入 – DAA治療による根治、核酸アナログ製剤による抑制療法
- ワクチン接種戦略 – B型肝炎ワクチンの接種推進
- 定期的なモニタリング – 新規感染の早期発見
施設調査における新規・継続調査項目
施設調査においても、バスキュラーアクセス(VA)管理に関する以下の項目が引き続き調査されました。2024年の調査結果から、エコー使用が着実に普及していることが確認されました。
| 使用目的 | 実施施設割合 |
|---|---|
| VAの機能・形態評価でのエコー使用 | 78.0% |
| VA穿刺時のエコー使用 | 60.9% |
VA機能・形態評価でのエコー使用は78.0%(3,445施設/4,414施設)と高率であり、エコーによるアクセス評価が標準的な検査法として定着しています。VA穿刺時のエコー使用も60.9%(2,694施設/4,424施設)に達し、前年より増加しており、困難穿刺症例への対応として普及が進んでいます。
感染管理の観点から、エコーガイド下穿刺時のプローブヘッドの状況についても調査が行われました:
- 未滅菌カバー使用: 50.4%
- カバーなし: 31.9%
- 滅菌カバー使用: 17.7%
滅菌カバーの使用が17.7%にとどまっており、感染対策の観点から改善の余地があることが示唆されます。プローブヘッドは患者の皮膚に直接接触するため、適切な感染対策が求められます。今後、ガイドラインに基づいた標準化と感染対策の徹底が課題となります。
5. 今後の展望
今回追加された新規調査項目は、透析患者の包括的な管理に必要な基礎データとなります。今後、これらのデータが蓄積されることで、以下のような展開が期待されます。
- エビデンスに基づく診療ガイドラインの改訂 – 実臨床データに基づいた推奨治療の提示
- 予後改善因子の同定 – 薬剤使用パターンと生命予後の関連解析
- 医療経済性の評価 – 治療選択と医療コストのバランス評価
- 施設間格差の是正 – 治療の標準化と質の向上


※本レポートは日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況(2024年12月31日現在)」に基づき作成されました。詳細なデータについては原典をご参照ください。
